冬の乾燥、夏の冷房、屋外での演奏。
木製の楽器を使っている演奏者にとって、管体の割れは心配の種です。
木を保護するため管体表面にオイルを塗ることを「オイリング」と言います。
- オイリングは自分でやった方が良いの?
- どのオイルが使えるの?
- どうやってやるの?
オイリングについては色々な意見がありますが、この記事を書くにあたって改めて調べ直した結果と、管楽器修理をしている自分の経験を踏まえて解説します。
オイリングをするべきか
リペアマンとして提案する最善策は「調整のついでにリペアの人にやってもらう」です。
木が乾燥していて表面を保護すべき状態になっているなら、キイを外して隅々まで塗るのが望ましいです。キイを外してしまえばタンポやコルクが汚れる心配もありません。
定期的にキイ全分解クリーニングは必要
木管楽器はキイやバネが複雑に入り組んでいるのでホコリなどのゴミが溜まりやすいです。
また、キイを組んであると見えにくいですが、トーンホールの内側も汚れが溜まります。
クラリネットは特にトーンホールを指で直接ふさぐので汚れやすいです。
その溜まった汚れがキイオイルや水分を吸って泥状に固まり、動作不良につながることもあります。
楽器の修理は値段や納期の都合で、つい最低限の調整で済ませがちですが、年に一度はキイ全分解クリーニングをして新しいキイオイルを注すことをおすすめします。
そして、そのついでに必要があれば管体表面に木を保護するためのオイルを塗ってもらうのが最善です。
そうじゃなくて、セルフケアが知りたい!
リペアの人に任せるのがおすすめですが、人にはそれぞれ事情があります。
気になるポイントも人それぞれ違います。
自分でオイルを塗ってみたい方のために、楽器に使える/使えないオイルの種類やセルフケアの注意点をまとめました。
ケアしたつもりが逆にアクシデントにつながってしまうことのないように、オイリングの知識を身につけましょう。
オイルを塗る理由
木材は吸湿と乾燥を繰り返すと徐々に傷んでいきます。
急な吸湿と過乾燥によってヒビ割れします。
また、水分を吸ったまま放置すると腐食します。
オイルを塗ることで空気中の湿気や呼気による水分を吸湿しにくくして劣化を和らげます。
オイルだけで割れを防げるわけではない
木の表面にオイルを塗ることで吸湿・過乾燥を和らげる効果は確かにありますが、オイルさえ塗れば割れない、というわけではありません。
割れの原因は吸湿と過乾燥だけでは無いからです。
- 急な温度変化
- 直射日光
- ぶつけた等の衝撃
- 木材の元々の性質(節の位置や量)
冬に割れやすい理由
冬の寒い時期、楽器が冷えた状態でいきなり温かい息を管内に送り込むと、割れにつながります。
楽器が冷えて縮もうとしている状態で、温かい息を送って内側だけ膨張させると、行き場を無くした木材が圧力に耐えられなくなって力を逃がすために割れます。

オイルの種類は3つ
世の中のオイルは大きく3種類に分けられます。
- 乾性油
- 半乾性油
- 不乾性油
乾性油
乾性油とは、空気に触れて酸化すると固まる性質を持つ油です。
撥水・防腐・吸湿を抑える効果があり、古くから提灯や番傘に防水コーティングとして使われてきました。また、木製家具の仕上げにも使用されています。
半乾性油(不乾性油の仲間)
空気に触れると粘度は上がるものの、完全には固まらない油です。
不乾性油
空気中で固まらない油です。
木管楽器に適したオイルとは
木製管体の保護には、基本的に植物性オイルなら何でも大丈夫です。
製造や修理の現場では乾性油の亜麻仁油や蜜蝋を使ったり、不乾性油が主成分のボアオイルを使ったりします。
楽器のセルフケアに大豆油やアーモンドオイルを好んで使うプレーヤーもいます。
どのオイルを選ぶかについては色々な意見があります。
- 乾性油は長持ちするから良い
- 乾性油は表面で固まって木が呼吸できなくなるから良くない
- 乾性油は木の表面を滑らかにするから吹奏感が滑らかになって良い
- 不乾性油は塗っても長持ちしない
- 不乾性油は固まらないから、拭き残しによるトラブルが防げる
感じ方や考え方は人それぞれなので、楽器の持ち主さん自身が納得できる方法を選ぶのが良いと思います。
セルフケアにおすすめするのは、アーモンドオイルやピーナッツオイルです。
理由は、どちらも不乾性油で扱いやすいことと、サラッとしていてベタつきが残りにくいからです。
オイルの使い分け
各オイルの特徴は以下の通りです。
乾性油について
乾性油を楽器に使うとしたら「亜麻仁油」です(食用・木工用どちらでも大丈夫)
乾性油は長持ちするので、1~2年に一度のケアで十分です。
長持ちする反面、短期間に何度も塗り直すと固化したオイルの被膜が厚くなります。
あまりに厚塗りすると音色や吹奏感に影響が出るので、塗りすぎには注意が必要です。
また、拭き残しに注意すればどこに使っても大丈夫ですが、管内に塗る場合、キイを外さずに拭き残しをチェックすることが難しいので、セルフケアには市販のボアオイルや不乾性油が無難な選択です。
塗った後によく乾拭きすれば非常に薄付きになるので私は気になったことがありませんが、フルート・ピッコロの唄口は吹奏感に直結するデリケートな部分なので、僅かでも吹奏感の変化があると気になる方は唄口に乾性油を塗るのは避けましょう。
不乾性油について
不乾性油は乾燥が気になった時に塗って大丈夫です。
長持ちしない反面、乾性油と違って塗りすぎても拭き残してもトラブルになりにくいという安心感があります。
オイルを塗るのが初めてでなんかこわいけど塗ってみたい、という方は不乾性油を試してみると良いでしょう。
オイルには接着剤を溶かす性質があります。
フェルトやコルクに付くと剥がれてしまうので、塗る場所と量には十分気を付けましょう。
鉱物油はNG!
鉱物油を使ったら割れた、という話をよく聞くので避けましょう。
鉱物油とは?
石油由来のオイルのことです。化粧品や潤滑油として用いられています。
別名「ミネラルオイル」とも呼ばれます。ワセリンやベビーオイルも鉱物油が主原料です。
「ミネラルオイル」と表記されると何だか良さそうなイメージが湧きますが、鉱物油を指しています。
楽器への使用はおすすめしません。
ベビーオイルを勧める人もいますが、ベビーオイルの主原料は植物油と鉱物油の2種類があります。
もしベビーオイルを使うのであれば成分表示を確認しましょう。
オイリングの手順
自分で管体にオイルを塗る時の手順と注意点を説明します。
用意するもの
- いつも使っている楽器用クロス
- 使い捨てのウエス2枚(綿100%が望ましいです)
- ガーゼ+掃除棒、あるいはスワブ
- 管体に塗るオイル
手順
オイルを塗る前に楽器をクリーニングします。
砂やホコリが付いていれば取り除きます。
クロスで拭き取るか、化粧用のブラシなどで払います。
フルートの唄口の汚れや手垢のカピカピは、湿らせて固く絞ったクロスで水拭きします。
管楽器につく汚れのほとんどは水溶性なので、大抵のことは水拭きで解決します。
冷たい水より、ぬるま湯での水拭きの方が汚れが取れやすいです。
熱々の蒸しタオルは楽器が乾燥するのでやめてください。
ウエスにオイルを染み込ませて、木目に沿って塗ります。
管内に塗る場合は掃除棒にガーゼを巻き付けたものか、スワブを使います。
タンポ・コルク・フェルトに付かないように注意しましょう。
10分ほど放置して、浸透するのを待ちます。
乾性油を使う場合は、油の様子をよく観察してください。
エアコンなど、風がある場所だと塗ってすぐに固まってしまいます。
早く固まりそうな場合は、塗った直後に新しいウエスでよく乾拭きしてください。
浸透せずに余ったオイルを、オイル塗布に使ったのとは別のウエスで拭き取ります。
乾性油を使った場合、拭き残しがあるとその形に固まってしまいます。
拭き残しが無いかどうか、よく確認しましょう。
不乾性油を使用した場合、置いておいてもそれ以上乾くことは無いのでケースにしまいます。
もしベタつきが気になるようであれば乾拭きしてください。
乾性油を使用した場合、乾くまでケースから出しておきます。
しばらく空気に触れさせる必要があるので、24時間程度ケースから出しておきます。
オイリングの注意点2つ
色の薄い木材に塗る時は慎重に
木管楽器に多く用いられるグラナディラではあまり気になりませんが・・・
塗布するオイルの種類に関わらず、色の薄い木材にオイルを塗ると木の色が濃くなったり木目が強調されたりします。
木材によって特徴が異なるので、はじめに目立たない部分で試し塗りして様子を見ましょう。
亜麻仁油は自然発火しやすい
亜麻仁油は燃えやすい油です。
亜麻仁油の付いた布を丸めて放置したり、日光のあたる場所に置いておくと発熱・自然発火する恐れがあります。
オイルの塗布に使った布は、水で濡らして処分すると安全です。
また、オイルの染み込んだ布は再利用せず使い捨てにすることをオススメします。
すごいメンテナンス本!「クラリネットマニュアル」
クラリネット修理の教科書と言ってもいいくらい、めちゃめちゃ詳しく楽器の調整について書かれている本です。
キイ名称・分解組立・ジョイントコルク交換・管体割れ修理・タンポ/バランス調整などなど、全部書いてあります。もちろんオイリングについても解説しています。
この1冊さえあればリペアマンになれる!とまでは言いませんが、工具さえ用意できれば応急処置はできそうです。
管楽器修理に興味がある方は読んでみてはいかがでしょうか?

木管楽器のセルフケアについて参考になったでしょうか?
木材の種類・状態・演奏する環境や頻度などは人それぞれなので、こうすると良いよ!とは断言できかねます。
もしメンテナンスで迷ったときは、楽器メーカーやリペアマンに相談しましょう。
この記事が参考になりましたら幸いです。